没話

『ヘテ戦記』2.我を捕えよ

そもそも事件の発端は6日前の正午に遡る。 ここアナトリアの台地、赤ずんで見える泥土の大河ハリュスが大きく湾曲する地帯に抱かれた地方の丁度中央部分に、北の雄国ヒッタイトの首都ハットウシはある。この地は南には峻厳なるタウルス山脈が横たわり、シリ…

『ヘテ戦記』1.再会

最初は慌しい足音、次に金属が軋む音が続いた。 静寂はそのようにして突如破られ、そして澱んでいた闇が、いまここにゆっくりと頭をもたげる。「その紋章指輪は……ああ、やはり」 決して高くはない声であった。 だというのに、暗く冷え切った石造りの獄舎に韻…

『ヘテ戦記』プロローグ

ぬるり、と何かに足元をとられた。 あっと身構えた時既に遅く、甲板に叩きつけられ、少年は痛みよりもまず異臭を知覚する。そろそろ膚身に馴染みつつあった海上生活特有の臭気ではない。かといって、船荷や装具の潮臭さともあきらかに違う。何より、頬にも、…