ケメトとデシェレト〜豊穣と沈黙の地〜 《未完》

 14章、16章ログ発見

古いCD-ROMに保存してあるのを偶然発見したので、 「14章 アムドゥアトの門番」と「16章 緑の石を探して」を改めてUPしました。 いやぁ、懐かしい。メリトゥトゥ殿の超長舌とかチビミヌーエとか(笑)

 16章  緑の石を探して

まことにエレファンティネもティニスもシェマウ(上エジプト)に所属している。だが内戦のゆえに租税を納めない。そのため穀物、炭、イルティウの実、マアウ材、ヌート材、芝が欠乏している。工人の仕事と職人の手業は王宮の収入である。だが、収入のない宝…

15. 水満ちるとき

「ホリの旦那、あのお客人は大丈夫かねぇ…」 潮風と太陽で赤銅色に焼けた顔を心配そうに顰めながら、船長はそうホリに声をかけた。 だが、自分の目の前に広がる光景に目を細め、くんくんと鼻を鳴らして嬉しげなホリ老人は返事をしない。 薄紫の水平線がゆる…

14.アムドゥアトの門番

居心地の悪い思いをするのはいつものことだ!そうだ――だから落ち着けってんだろ! イピは目の前で自分をじっと凝視している眼、ギラギラとした光を放つ、それでいて乾いた眼から視線を逸らさぬよう精一杯胸を張ってみる。 だが、そんな彼の心中はお見通しと…

 13.ファラオの剣

さながらそれは、地平線に揺らめき立つ蜃気楼。 あるいは、一瞬で空を黒く染め替えるハムシーンの如くであったという。 いつものように、アヌイは少人数の供周りを連れただけで、ヒクプタハへ密かに入ろうとしていた。しかし、何処からともなく現れ、彼ら一…

 12. 運命を支配せよ 

数日後、メリトゥトゥ祭司長はヒクプタハの中心部に鎮座するプタハ大神殿に帰還した。 彼の帰りを待ちかねていたプタハの大祭司ニアンクは、早速、最上級神官を招集し、「星見の塔」の祭司長専用室である会議が開かれた。公には存在を知られぬこの会議は、通…

 11. 美徳と悪徳

大王葬祭神殿の首座であるヌート大神官が宰相に任じられて、はや一年が経過しようとしていた。 当初の目論見どおり、大王葬祭神殿の修復を短期間で仕上げ、宮中に葬祭殿神官派の勢力をいよいよ伸ばした宰相は、このところとみに機嫌がよい。ジェドカラー王か…

10.北の都にて

「ご丁寧な挨拶痛み入る。だが、生憎ここは王宮ではない。礼儀知らずは軍人の習いと思って戴いて、さっそく御用件を承ろうか。王都のお役人が、わざわざ私の個人的な伝手を辿って面会したいと仰るからには余程の御用であろうから」 単刀直入なアヌイの言葉に…

 9.王妃の密使

王妃の思いがけない言葉を聞いても、アンクエレは泰然自若、眼を軽くしばたいただけであった。 そんな彼の表情を見て、王妃は今夜初めて表情を和らげたのだった。優美な弧を描く眉が悪戯っぽく下がり、瞬時にあの朗らかないつもの王妃になる。 「まったく、…

 8.イシスの娘

女神イシスは、千の神々を奉ずるエジプトにあって、国家神アメン・ラーに匹敵するほどの権威と人気を保ち続けた稀有な女神である。冥界神オシリスの妹にして妻、王の化身たるホルス神の母であるこの大女神は、王家の祖としても尊崇されている。そのため「イ…

 7.ナスリーンの予言

突如沸き起こった馬蹄の轟きに、盗賊たちは凍りついた。 彼らが警備兵の留守をついて急襲した村は、無残に蹂躙され、男たちの死体が累々と横たわり、一箇所に集められた女子どもは声もなく座り込んでいる。食料を根こそぎ奪い取り、次々と駱駝の背に括り付け…

 6.凶つ影

掌を生あたたかいものが掠めた。どうやら、犬は上手にパンくずを口に入れることができたらしい。少年は、更にもう一切れちぎると、テーブルの下に手を突き出した。 すると何事も見逃さない母の声が飛んで、思わず首をすくめるのだった。 「これミヌーエ!お…

5.天地鳴動

その年のナァ・イテルゥの増水は、例年に比べかなり少なかった。農民たちはいっこうに高くならない水面に顔色を失い、役人や神官たちも大河を眺めてはため息を漏らす日々。特に下エジプトの東部では、いつもなら水を被るはずの丘が剥き出しのまま播種の季節…

4.長星

イムゥ市の夏は、灼熱の黒土(ケメト)の国にあっても比較的過ごしやすい部類に属する。 それは、下エジプト・デルタ地帯でも比較的大緑海側に位置するこの市の地勢上、南の乾燥地帯に比べて僅かに湿度があるためである。時には川下から涼しい風が吹き、僅か…

3.蠢く

テーベ市内には、最高神アメン・ラーを祀る神殿が2社存在する。 一つは、ナァ・イテルゥ東岸にある文字どおりの大神殿で、イペトスウト(知恵の家)と呼ばれるカルナク大神殿である。この大神殿はスメンクマアト大王の勅願で建立が始められて以来、戦乱の最…

2.大王の遺産

『百門の都』と詠われるエジプト王国の首都テーベ。「ウアセト」とこの国の民は呼ぶ。 それは、母なる大河ナァ・イテルゥのほとりに忽然と現れる宝石のような都市である。 今を去ることおよそ200年前、偉大なるスメンクマアト征服王がそれまで首都が置か…

1.竪琴の歌

ケネプは不機嫌だった。 傍目にもそうわかるほど、不機嫌きわまりない表情で杯を空ける。主が特に選りすぐったという宴会用の美酒は、いささかも彼を酔わせなかったようである。 睡蓮を髪に飾り、美々しく着飾った踊り子の一人が、彼にしなだれかかってきた…

  プロローグ  

―――聞け、ウアセト(テーベ)の民よ。先刻、いと尊きアメン・ラー神の愛し子にして、美しき二つの地の君主(あるじ)、上下エジプトの支配者、限りなく賢明なるネフェルマアト大王陛下が薨去なされた。これより我らケメトの民は70日間の喪に服し、喪が開け…

むかしばなし

2002〜3年くらいに、個人サイトでひっそりシコシコ書いていたお話です。メンフィスの父母の世代の、私の書いた他作品で時々さらっと言及されている「大内乱」時期の物語で、主人公は若き日のネフェルマアト。古代エジプトを舞台にしていますが、架空の王朝を…