短編

 シェン 〜不滅の輪〜

その日も北風が烈しく吹きつけていた。 時折、泣き咽ぶような声を立てながら、風は王都テーベを席巻する。この様子だと荒涼たる岩山ばかりの西岸渓谷では、さぞかし警備の兵士たちの心胆を寒からしめるであろうと民は囁き交わすのであった。先月、その西岸渓…

今宵ばかりは

「では、おやすみなさいませ」そう声をかけて、ナフテラ女官長は几帳面な手つきで扉を閉めた。 一瞬にして室内に闇が広がる。 この宮殿の主であるメンフィス王子が、今夜は枕元の灯火も消すようにと命じたからだ。間仕切りの紗幕はすべて降ろし、更に、明り…

 ラテス追想 

その人はくるりとこちらに向き直り、ネフェルネフェルウの姿をとらえるなり、強く興味を惹かれたといった様子でしげしげと彼女を見つめた。 そんなふうに値踏みされる視線にはとっくに慣れているはずであるのに、彼女は己の内奥まで覗き込まれたような気がし…

 遊女ネフェルネフェルウ

1.タシェリ タシェリは、花を活けていた手をふと止めた。 (姐さんが歌っている……まぁ珍しい……どんな金持ちの旦那に乞われても、滅多に披露することはないのに……)奥の紗幕の向こうから、その歌は聞こえてくる。 嫋々とした甘く、涼やかなその美声は少女の…